2022年に日本の大学院を卒業して、ヤフーに新卒入社しました。 その後、台湾の日系ベンチャーに転職し、さらに外資系半導体企業の台湾オフィスへ転職しました。 現在は、社内システムのソフトウェア開発・運用をしながら、ビジネスアナリストとしても仕事をしています。
振り返ってみると、「いつか海外で働きたい」という気持ちは学生時代からずっとありましたが、その時々でなんとなく興味のある方向に進んでいたら、いつの間にか台湾にたどり着いていた、という感覚に近いです。 この記事では、純粋な日本育ちの自分が、どういう経緯で台湾で働くようになったのかを記録として残しておこうと思います。
学生時代
子供の頃から、海外のニュースや食べ物、歴史など、外国の文化に漠然と興味がありました。 ただ、「海外で働きたい」と具体的に考えていたわけではありません。
大学1年生のとき、サークルに入りそびれて夏休みめちゃくちゃ暇だったので、毎日のように大学の図書館でネットサーフィンをしていました。 そんなある日、たまたまソフトウェアエンジニアとして海外で働いているジャバ・ザ・ハットリさんのブログ*1を見つけました。海外で働くエンジニアの生活を読んでいるうちに、「自分もいつか海外で働いてみたい」と思うようになりました。
そこで、海外で働くための武器として、大学1年の夏 プログラミングを独学することにしました。 ソフトウェアエンジニアは、医師や弁護士のように国ごとの資格が必要な仕事ではありません。もちろん言語やビザなどのハードルはありますが、身につけたスキルを国境を越えて使いやすい仕事だと思ったからです。
もともとは海外で働くための手段として始めたプログラミングでしたが、やってみると意外と面白く、次第にハマっていきました。 その後は機械学習の勉強会に参加したり、そこで知り合った人たちとWebアプリを作ったり、長期インターンに参加したりしました。 またNative Campで英会話の勉強をちまちまと開始して、ゼロだったスピーキングをある程度会話ができるまで伸ばすことができました。
今振り返ると、この時期は「海外で働くために計画的にキャリアを作っていた」というより、面白そうなものを見つけたら、とりあえずやってみるという感じでした。
新卒時代
海外で働きたいという気持ちはあったものの、大学院留学をしたり、新卒でいきなり海外企業に入ったりするという発想は、当時の自分にはありませんでした。 海外で働くためには、英語を勉強しながらまず日本でしっかり経験を積んだほうがいい。そんなふうに考えていました。
そこで、日本のメガベンチャーを中心に就職活動をしました。いくつかの会社を受けた結果、ヤフーから内定をもらい、2022年に新卒入社しました。 ヤフーは、自分にとって非常にレベルの高い環境でした。周囲には優秀な人が多く、教育もかなり充実していました。 新卒で入って、エンジニアとしていろいろなことを学ぶことができました。
一方で、当時は完全にフルリモートで働いていました。 技術的には快適でしたが、チームの先輩や同期といった人間関係はどうしても希薄になりました。英会話の授業以外では一日中ほとんど誰とも話さず、仕事が終わってもまた一人です。 自分には思った以上にこの環境が辛く、「いい会社に入ったはずなのになぜかしんどい」という状態になっていました。
1年ほど経って海外就職を模索する
ヤフーに入社してから1年ほど経った頃、以前から漠然と考えていた「海外で働く」という選択肢を、具体的に考え始めました。 当時は海外転職の経験もなく、英語の面接にも全く慣れていませんでした。 それでも、とりあえず海外の求人に手当たり次第応募してみました。 運よく面接まで進めても、当然なかなかうまくいきません。英語で自分の経験を説明することすら難しいですし、そもそも新卒1年目なので大した業務経験もありません。 日本語なら普通に答えられる質問でも、英語になると途端に言葉が出てきません。 それでも「とにかく海外に行ってみたい」という気持ちはありました。
そんな中、台湾にある日系ベンチャー企業がソフトウェアエンジニアを募集しているのを見つけました。 面接を受けてみたところ、簡単にオファーが出ました。
日系企業ではありましたが、海外で働くための最初のステップとしては悪くないと思いました。ビザのサポートもありましたし、開発チームは英語で仕事をしている。 まずは台湾で業務経験を積んで、また数年後に転職すればいい。そう考えて、台湾に行くことを決めました。
Xなどを見ていると、「海外でソフトウェアエンジニアとして働きたい」という人は、日系企業を避けることも多いと思います。 もちろん、最初から外資系企業やローカル企業に入れるのであれば、それに越したことはありません。 ただ、海外就職の最初の一歩として、ビザを出してくれる日系企業の海外拠点にまず入ってみるというのも、一つの現実的な選択肢だと思います。
なぜ台湾だったのか
海外で働くことを考え始めると、「そもそもどの国に住みたいのか?」という問題も出てきます。 そこで、転職活動と並行していろいろな国へ旅行してみました。 実際に街を歩いて、食事をして、公共交通機関に乗ってみる。 そうやっていろいろな場所を見ているうちに、自分は欧米よりもアジアのほうが合っていそうだと感じるようになりました。 特に以前から中華圏の文化に興味があり、候補として台湾と香港が残りました。 その中で、実際に行ったこともあり住んでみたいと思えたことに加えて、ちょうどビザをサポートしてくれる求人が見つかったこともあり、最初の海外就職先として台湾を選びました。 こうして、新卒入社から1.5年で、日本から台湾の首都台北へ移住することになりました。
実際に台湾で働いてみて
台湾で働き始めると、日本にいるときには分からなかったことがいろいろ見えてきました。 海外で働くということは、単純に「外国人と一緒に働く」ということではありません。 コミュニケーションの仕方や仕事に対する価値観など、日本とは違う部分がたくさんあります。 台湾人の同僚とは英語でコミュニケーションを取っていましたが、台湾人同士では当然中国語で話します。 仕事の話をしている横で中国語が飛び交っているのを聞いていると、「自分も中国語が分かったら、もっとこの環境を楽しめるのにな」と思うこともありました。 そこで、仕事が終わった後に語学学校へ通い、中国語の勉強も始めました。大変でしたが充実した日々でした。

一方で、就職した会社は日系企業だったため、台湾に住んではいるものの、マネジメントやカルチャーはかなり日本的でした。 初めての海外就職だったので、これはむしろ適応しやすく良かったと思います。 ただ、台湾で生活するうちに、「せっかく海外に来たのだから、もっと違う経験をしてみたい」と思うようになりました。 また、2025年頃からCoding AgentなどAIを使った開発が急速に進み、コードを書くこと自体は以前より簡単になっていきました。 それを見ているうちに、自分は「コードを書くこと」そのものより、「何を作るのかを考えたり、人と話しながら問題を見つけたりすること」のほうをやってみたいと思うようになりました。
そこで次のキャリアとして、自分のエンジニアとしてのバックグラウンドや技術的な知識を活かしつつ、人とのコミュニケーションの比重がより大きい職種を考えるようになりました。
外資系半導体企業へ
そうして転職活動を始め、今年の1月から最終的にイタリアに本社がある外資系半導体企業の台湾オフィスで働き始めました。 転職に伴い台北から、台湾の「シリコンバレー」とも呼ばれる新竹県へ引っ越しました。

現在は、社内システムの開発・運用を担当しながら、ビジネスアナリストとして業務改善や社内の課題解決にも関わっています。また時折各国にある工場に出張に行ったりしています。 ソフトウェアエンジニアとしての経験を活かしつつ、以前よりもビジネスや人とのコミュニケーションに近い仕事をするようになりました。 大学1年生のときに「いつか海外で働きたい」と思ってから、紆余曲折ありましたが、ひとまずその目標は達成できました。
まとめ
こうして振り返ってみると、最初から明確なキャリアプランがあったわけではありません。 大学1年生のときにたまたま海外で働くエンジニアのブログを読んで、「自分も海外で働いてみたい」と思ったこと。 そのためにプログラミングを始め、日本でエンジニアとして経験を積んだこと。
そして、思い切って台湾に移住し、日系企業で海外就職の経験を積んだこと。 そこからさらに「もっと国際的な環境で働きたい」「エンジニアとしてコードを書く以外の仕事もしてみたい」と思うようになり、今の仕事につながりました。
その時々では、それが正しい選択なのか分からないこともありました。 特に最初にヤフーを辞めて台湾へ行くときは、家族にもかなり反対されましたし、英語も今ほど使えるわけではありませんでした。 それでも、とりあえずやってみたことで、次にやりたいことが少しずつ見えるようになりました。
今後またどこで働くことになるのか、どんな仕事をすることになるのかは分かりません。 ただ、これまでと同じように、その時々で面白そうだと思ったことに挑戦しながら、自分のキャリアを作っていければと思っています。
*1:今は更新されていないようで、ちょっと悲しい。







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